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2016.02.29
定森 幸生
職務記述書は、海外拠点で仕事をしている在籍社員の業績管理や人事評価の重要なツールとして役立つだけでなく、その対外拠点が新規に人材をリクルートする際にも極めて重要なツールとして機能します。会社が新たに人材を確保するためには、選考プロセスの前提として、新規に定義された職務内容(job profile)を、求職者(job applicant)に最も効果的で正確に周知させることが必要になりますが、その際の必須データが職務記述書です。
実効性のあるリクルート活動のためには、完成度の高い職務記述書を作成することが欠かせませんが、実際の求人プロセスにおいては、最初から職務記述書の全部を紙媒体やウエブ上で公開することはせず、会社の公式サイトの careers のページに、個々の職務と会社の特徴や事業目標の紹介を、短すぎず、冗長にならず、求職者の関心を引くのに十分なインパクトのある簡潔なjob profileの形態で掲載するのが一般的です。簡潔でインパクトのあるjob profile を書くためには、どうしても十分に精査した最新の職務記述書を完成させておく必要があります。
求人情報として掲載するjob profile の典型的な記述項目としては下記があります。
①会社の商号、商標、業種、勤務地など
②募集している職務の職位、職責、役割、契約形態、契約期間など
③職責を果たすための必須知識・技能・適性など
一方、次のような項目の記載は厳に慎まなければなりません。
①応募者の出身国、性別、家族構成などに関する会社側の選好
②応募者の政治・宗教・生活上の信条、文化的特性などに関する会社側の選好
③応募者の健康状態、身体障碍の有無などに関する会社側の選好
④年齢制限
海外ホスト国の労働市場で知名度の高い企業の場合は、応募者の数が膨大になるため、ウエブを通じて応募者がuploadした職務経歴書のデータを、機械的な job matching 処理によって職務記述書のデータと突合させ、書類選考の時間と労力の削減を図ることがありますが、応募者のデータとの突合対象として職務記述書の内容が必須データとなるのは言うまでもありません。機械的な突合作業にしても、人間が突合する場合にしても、応募者が提出する職務経歴書(resume またはcurriculum vitae)を審査して適任と思われる候補者を絞り込み、面談を通じて最も有力な候補者を選ぶことになります。
また、人材紹介会社やヘッドハンターなどの専門業者を起用する方法もありますが、その場合は、最新の職務記述書を提示して具体的な選考プロセスは彼らに委託すればよいでしょう。ただし、その場合でも、最終的な面談は雇用主の立場で応募者と直接話し合い、新らしく採用する人材に対する会社の期待や、事業目標、経営理念などを周知させることが大切です。
会社の発展を支える有効な人事管理を実現させるために最も大切なことは、「自社の成長と成功にコミットする“優秀な人材”」を確保することに尽きます。 日本でも海外でも、優秀な人材を確保するためには、労働市場での企業の魅力度を高める「雇用主としてのブランド戦略」が必要です。
リクルート活動においては、企業の魅力度が大変重要な意味を持ちます。その活動が、応募者という社外のステークホルダーと接触する重要な局面だからです。採用後は組織の中で共に仕事をするという関係構築を前提にした濃密な面談を通して、会社と応募者の両方が、双方にとって重要な下記の事項を議論し確認し合う生産的な機会だからです。
①会社の事業目標がホスト国社会の利益や繁栄を重視した内容であるか?
②ホスト国の人材の就労意欲・社業への貢献努力に会社が敬意を払っているか?
③ホスト国人材が会社の業務を通じてプロとして成長し成功することに会社がコミットしているか?
④競合企業と比較した競争優位性はどこにあるか? また、今後も競争力を強化するうえで改善すべき点は何か?
⑤上記①~④を踏まえて、応募者が採用されて社員になった場合、想定される職務の遂行を通じて具体的にどのように会社に貢献できるか? またその能力・資質は十分か? 改善や成長が必要な点は何か?
すでに知名度や魅力度の高い企業は、そのステータスに相応しいブランド戦略を実践し、知名度や魅力度が未だそれほど高くない企業は、上記の事項を議論する機会を積極的に活用して、社外のステークホルダーに対する魅力度を高めるブランド戦略を練ることが大切です。上記の点を真摯に議論する際にも、職務記述書はそれに付帯する会社情報や業界情報と共に大変重要な情報ソースとなります。したがって、職務記述書は、単に社内の業務管理事務資料としてだけでなく、活用の仕方次第では、会社の人事面での魅力度を高める「ブランド戦略」を支援するツールとして決定的に重要な役割を果たすことができるのです。
リクルート活動のプロセスにおいて、応募者は未だ社外のステークホルダーの立場ですが、採用後は社内のステークホルダーの立場になるわけですから、ある意味で主観・客観両方の観点から複眼的に会社を観察し、判断し、課題意識を醸成することができる環境に置かれています。ホスト国の労働市場で魅力ある企業、風格ある企業、尊敬される企業を目指す「人事面でのブランド戦略」を有意義なものにするため、彼らと誠心誠意向き合うことは、グローバル人事管理の目と心を鍛えるうえで大変有意義なことなのです。
定森 幸生
Yukio Sadamori