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COLUMN コラム

グローバル人事管理の眼と心 日本国内の日常業務から培うグローバルな仕事力

2016.09.12

【グローバル人事管理の眼と心(21)】海外拠点での採用戦略と実務(その3)~職務内容の変化・拡大~

定森 幸生

採用選考時に、応募者に担当職務の“必須”の職務資格(bona fide occupational qualifications:“BFOQ”)を提示する場合、ホスト国の雇用差別禁止に関する法的留意点も含めて注意深く設定することの重要性については、前回説明しました。それを踏まえて、今回は、採用面接の過程で、応募者が“当面”担当する職務について、採用時点での職務記述書に書かれた職責が、市場動向や政治・経済・社会情勢の変化に応じて、“(近い)将来”変化する可能性があることを説明し、応募者の理解と納得を得ることの重要性について説明します。

第12回~第14回で説明した通り、職務記述書は、採用選考にとって重要なツールの一つですが、それぞれの職務に関する職責の最小単位に至るまですべて網羅するものではなく、その職務を最も端的に描写する代表的な職責や任務を簡潔に表現する目的で作成される文書です。会社の事業目標や戦略の見直し、組織の改編などがあれば、必要に応じて機動的に記述内容は変更されるべき性格のものです。

事業目標・戦略の見直しや組織改編は、市場動向や政治・経済・社会情勢の変化という社外的要因だけによって行われるものではなく、社員の能力適性の開発状況、人員効率、各事業ユニットの収益性などの社内的要因によっても、柔軟かつ戦略的に実行されるものです。グローバルなビジネス展開を行う場合は、社内的要因よりもホスト国の市場動向や政治・経済・社会情勢の変化のような社外的要因によって大きな影響を受けることは当然想定しておく必要があります。結果として、社内の様々な部署の職務内容を見直し、職務記述書を改変するニーズが増えることになります。

ビジネスは“生き物”(static ではなくdynamicな存在)ですから、グローバル経営環境の下では、採用時に定義された職責に特化し、比較的狭い仕事のフレームワークの中での職務に習熟した社員を育成するだけでは会社の持続的な成長は期待できませんし、その社員の社内外での雇用適格性(employability)を高めることもできなくなります。会社の経営ニーズの変化に柔軟に適応して、タイムリーに新しい職責を果たせる能力適性を習得させる“マルチタレント型”の人材を育成する施策を講じておく必要があります。

一般に、このような施策は、職務横断研修(cross-functional training)とか、職務(部門)横断統合 (cross-cultural integration)という表現で説明されます。要するに、仕事や組織の垣根を超えて、担当職務以外の職務を経験させることによって、担当業務の社内での位置づけや社内他部署の仕事について理解を深め視野を広げさせ、その結果、現業務の成果を高めさせ、(近い)将来発揮できる職務能力を拡大させることを目的とした施策です。

施策の代表例としては、

(1) ジョブローテーション:社内の他部署や海外拠点などに転勤させることにより、現部署での仕事の延長では経験できない職務能力拡大の機会を与えるとともに、新たに出会う社内のメンバー、取引先や競合企業の人たちとの関係構築など経験させることにより、新任務に関する業務知識や技能などのハードスキルを習得し、対人折衝力(interpersonal skills)、主導的な行動力(initiative and energy)、コミュニケーションスキル(communication skills)などのソフトスキルを強化する。
(2) 部署間人事交流(inter-department trade):転勤より短い期間に、他部署との間で人材の相互トレードを行い、(1)と同様の目的を達成させる。転勤より簡単に、また頻繁に実行できるメリットがある一方、海外拠点での長期間の勤務に比べて、職域拡大の程度には限界がある。
(3) 同僚指導員の起用(peer trainer):特定業務に習熟した同僚社員のなかで、社内の同僚を指導する意欲と使命感の高い社員(peer trainer)を起用して、管理職が自分の部下の職務能力を向上させる。指導員の人選方法や、指導員の指導技術向上のための研修を実施するか否か、指導員に指導手当を支給するか否かを予め決めておくことが必要となる。特別の手当を支給しない場合でも、非公式の慣行ではなく、公式の人事施策の一環と位置付けるほうが望ましい。

などがあります。会社の規模、業種、経営環境の変化への耐久力などによって、最も現実的で合理的な方策を決めることになります。

このような経営上の命題を、ホスト国の労働市場での新規採用時に応募者によく説明しておくことは、将来の人材登用・育成・評価などの人材管理をスムーズに運用するうえで極めて大切です。採用面談の中で、職務横断研修や部門横断統合の重要性を話し合うことによって、候補者の資質(ソフトスキル)のなかでも特に重要な柔軟性(flexibility)、組織適応力(adaptability)、変化への積極性(willingness to change)など、この命題に対する応募者の理解度(insight)やマインドセットを見極めることが可能になります。

半世紀ほど前までは、学界やメディアの論調として、「アメリカ型の職務中心の人事制度のもとでは、与えられた職務を10年でも20年でも続けることが前提で、その職務に対する報酬額は、インフレ調整以外には増えることはない。また、その職務が必要なくなった場合は、どれだけ優秀でポテンシャルが高く在籍年数が長く貢献度の高い人材でも解雇するのが鉄則」というのが通説になっていました。昨今、日本で“正規雇用”vs“非正規雇用”の議論の流れの中で、“同一(価値)労働、同一賃金”という言葉がメディアでよく報道されていますが、その議論の多くは、いまだに半世紀前の通説を根拠にしているようです。しかし、グローバル・ビジネス経営の現場では、少なくとも過去四半世紀以来、「硬直的なjob specification 依存型人材活用ではなく、人材の多芸・多能(versatility)を確保し戦略的に活用することによって、優秀な社員の雇用の安定と組織貢献度を確保しながら会社の経営効率を高める人材戦略が重視される」というのが、新たな通説になっているのです。

定森 幸生

Yukio Sadamori

PROFILE
1973年、慶應義塾大学経済学部卒業後、三井物産株式会社に入社。1977年、カナダのMcGill 大学院でMBA取得後、通算約11年間の米国・カナダ滞在を含め約35年間一貫して三井物産のグローバル人材の採用、人材開発、組織・業績管理業務全般を統括する傍ら、日本および北米の政府機関・有力大学・人事労務実務家団体・弁護士協会などの招聘による講演、ワークショップ、諮問委員会などで活躍。『労政時報』はじめ人事労務管理専門誌への寄稿・連載も多数。2012年に三井物産株式会社を退職後、グローバル・プラットフォーム設立。企業や大学の要請で、グローバル人材育成関連のセミナーやコンサルテーションを実施する一方、慶應ビジネススクール、早稲田ビジネススクールで、英語によるグローバル・ビジネスコミュニケーション講座を担当、実務家対象の社会人教育でも活躍中。

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