グローバル HR ソリューションサイト
by Link and Motivation Group

グループサイト

文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大
  • お問い合わせ
  • TEL:03-6779-9420
  • JAPANESE
  • ENGLISH

COLUMN コラム

グローバル人事管理の眼と心 日本国内の日常業務から培うグローバルな仕事力

2016.10.11

【グローバル人事管理の眼と心(22)】海外拠点での採用戦略と実務(その4)~職務横断的人材育成・活用のメリット~

定森 幸生

前回は、職務横断研修や職務(部門)横断統合の代表例とその特性について説明しましたが、今回は、この人事施策の全社的な経営戦略上のメリットについて説明します。このテーマは、第15回から第18回で採り上げた「人事ブランド戦略」と密接な関係があります。すなわち、「人事ブランド戦略」と「職務(部門)横断統合」が意図する共通の経営目標は、希少性の高い優秀な人材(critical talent)を確保すると同時に、職務領域の拡大と職務能力の陳腐化を回避することです。

「人事ブランド戦略」は、外部労働市場に対する訴求力が過度に強調されがちですが、「職務(部門)横断統合」と同様、個々の職務に習熟した内部労働市場の在籍社員の中長期的なコンピテンシー開発のため、さまざまな成長機会を提供し、社員の業務目標達成へのコミットメントと業績貢献度を高めることが本来の目的です。言い換えれば、「人事ブランド戦略」は、「職務(部門)横断統合」を、戦略目標達成のためのメニューの一つとして位置づけており、その意味では、両者は一体不可分の関係と見なすことができます。

「職務(部門)横断統合」の人事戦略上の重要なメリットとしては、下記の5つが挙げられます。

第一は、在籍社員や管理職の多才・多能化と職務能力の陳腐化回避を通じて、経営環境・事業戦略の変化に機動的に対応できる人材を育成し、社員の雇用適格性 (employability)を高める効果があります。これは、日本国内市場での経営環境のもとでも当てはまることですが、海外拠点でのグローバル・ビジネス展開においても、ホスト国の経済・市場環境はもちろん、政治・社会的与件の変化によって、社員の雇用適格性は大きく左右されます。雇用適格性とは、その社員の「優秀さ」だけで決まるものではありません。社内の誰よりも現業務における職務を熟知し実務能力に熟達した“超優秀”な社員であっても、会社の事業戦略の変更によってその業務を必要とする事業自体の相対的な重要度が下がったり、極端な場合、会社がその事業から撤退した場合、それ以外の職務能力やコンピテンシーを身につけていない社員の社内での雇用適格性は損なわれます。日頃から多才・多能化を意識した職域拡大や職務能力の陳腐化回避策を、会社と社員が一体感を持って実践することによって、会社は潜在的なcritical talentを失う事態を回避することが可能になります。

第二は、社員に“希望職務”や“移動先”を再考させる機会を与えることができることです。社員は、現在の職務以外のいくつかの業務目標や業務環境に身を置く経験を通じて、他の職務との比較も含めた多角的な視点から、現職務の社内における位置づけ、重要性、魅力、改善点、将来性などを客観的かつ柔軟に分析することができます。その過程で、今まで気がつかなかった様々な職務の価値や魅力を発見することも期待できます。その結果、現在の職務遂行に関して新たな取り組みを社員が主体的に考案したり、これまでの“希望職務”や“移動先”とは違った職務や移動先を視野に入れて、社員自身がキャリア・パスを自力で開発する努力をする可能性もあります。

第三は、社員が、自分の現職務以外の他の多くの職務の広がりや奥行き(一般に、“dimensions”とか、“width, height and depth”と呼ばれます)をより多面的に理解することによって、自分が希望するか、自分に務まるかは別として、多種多様な職務や難度の高い職務に従事する同僚や管理職に対する敬意や、自分の職務を直接間接に支援する社員に対する感謝の念を抱き、社員の間で一体感や協調性が生まれることが期待されます。さらに、社員の成長潜在力(growth potential)に期待して雇用適格性や雇用の安定性(job security)を高めようとする会社の経営方針に対して、critical talentが会社に感謝の念を抱く結果、会社に対する忠誠心や使命感やコミットメントが高まることも期待できます。

第四は、現在の職務以外の広範な職務を体験することで、適用力、柔軟性、協調性の高い人材の基盤 (talent base)を充実させることが可能になり、事業戦略を推進するための全社的な人材の活用・登用の自由度が高まることが期待できます。どのような組織でも、優秀な人材だからといって無制限に管理職に登用 (vertical promotion) することはできませんが、広範な職務や職責を経験させること(horizontal promotion)を通じて、社員満足度(employee satisfaction: 一般に略して“ES”と呼ばれます)を高めることは十分可能です。

第五は、職務の遂行にあたって社員の自発性が高まる結果、管理職が部下の仕事の細部に至るまで監督せず、社員に与える裁量の領域を拡大して責任を自覚させることが可能になります。その結果、企業経営のガバナンスの観点から、より経営上のリスクとインパクトが大きい重点分野の管理監督を強化し、実効性のある組織運営の健全化のために限られた経営資源を投入ことができるようになり、全社的な経営効率の向上に資することが期待できます。

定森 幸生

Yukio Sadamori

PROFILE
1973年、慶應義塾大学経済学部卒業後、三井物産株式会社に入社。1977年、カナダのMcGill 大学院でMBA取得後、通算約11年間の米国・カナダ滞在を含め約35年間一貫して三井物産のグローバル人材の採用、人材開発、組織・業績管理業務全般を統括する傍ら、日本および北米の政府機関・有力大学・人事労務実務家団体・弁護士協会などの招聘による講演、ワークショップ、諮問委員会などで活躍。『労政時報』はじめ人事労務管理専門誌への寄稿・連載も多数。2012年に三井物産株式会社を退職後、グローバル・プラットフォーム設立。企業や大学の要請で、グローバル人材育成関連のセミナーやコンサルテーションを実施する一方、慶應ビジネススクール、早稲田ビジネススクールで、英語によるグローバル・ビジネスコミュニケーション講座を担当、実務家対象の社会人教育でも活躍中。

このコラムニストの記事一覧に戻る

コラムトップに戻る