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COLUMN コラム

グローバル人事管理の眼と心 日本国内の日常業務から培うグローバルな仕事力

2016.11.21

【グローバル人事管理の眼と心(23)】職務能力評価の変遷とコンピテンシー・モデル(その1)~コンピテンシーの基本概念~

定森 幸生

前回は、職務横断的な研修を実施したり、所属部門を超えて他部門へ異動させる人事施策の目的のひとつは、将来の経営環境の変化やそれに伴う事業目標の変化に即応できるように、日頃から多様な職務に関する社員の職務能力の幅を広げ雇用適格性(employability)を高めることにあると説明しました。さらに言えば、職務横断的統合(cross-functional integration)を通じて、社員に自分の仕事を他人の仕事と有機的に結びつける努力をさせる人事施策の背景には、「個別最適」の積み重ねによる業績よりさらに大きな「全体最適」の組織業績を志向する経営思想があります。商品やサービスの市場での競争優位性は、さまざまな要素によって変化しますから、限られた経営資源、特に人的資源のアップグレードを図り競争優位性の高い事業活動にタイムリーにシフトさせることは、企業にとって重要な経営判断です。

今回から数回に亘って、さまざまな職務において社員の業績貢献度を高めるための有効な業績管理ツールとして注目されている、「優れた業績をもたらす蓋然性や予見性の高い職務行動特性(コンピテンシー)」について、その基本概念、それが能力開発や業績評価の現場で重視されるようになった経緯、その活用方法などを説明します。

人事管理の分野で議論される「コンピテンシー(competency)」とは、その職務に関して高業績を挙げている人 (high performer) が、仕事上の役割や責任を巧みに果たすために発揮する、具体的で測定・観察可能(measurable, assessable and observable)な知識、技能、能力その他の特性 (knowledge, skill, ability and other characteristics: 一般にKSAOと略されます) のことです。各企業の業態や個々の職務目的などは多岐に及ぶため、測定・観察されるKSAOのレベルについても、上級管理職のリーダーシップや専門分野の固有の知識に至るまで広範な要素が包含されます。大切なことは、個々のコンピテンシーは、できるだけ具体的な職務行動を判りやすく描写する表現で記述することです。

端的な例を挙げれば、優れた営業担当者に期待されるコンピテンシーとして、次のような業務行動の特性が考えられます。
・顧客の話を遮らずに興味を示しながら注意深く聴く(ただ普通に聞くだけでなく)
・顧客の話を聴くときは、重要なポイントはメモを取りつつ、極力視線を顧客から逸らさない(メモを取らなかったり、メモを取る間ずっと視線をノートに向けることなく)
・顧客のニーズを確認するため、必要に応じて丁寧に質問をする(合槌程度の反応ではなく)
・顧客の発言を自分自身の言葉で表現 (paraphrase)し、自分の理解を確認する(単なる復唱にとどまらず)
・問題に直面した場合は、完璧な情報や解決策を適切に提供する(憶測などの未確認情報や断片的な対応ではなく)

つまり、以前よく使われた「効果的な顧客対応能力」のような抽象的かつ静的(static)な職能資格要件の描写ではなく、具体的かつ動的(dynamic)な職能資格要件の局面を重視するのです。これらの行動の背景には、個人の立ち居振る舞いの洗練度だけでなく、商品やサービスに関する専門知識や顧客ニーズや業界の動向や慣行に関する深い洞察力などの潜在能力がベースになっているのは当然ですが、潜在能力が顕在能力として実際に必要な時に好ましい形で発揮されなければ、顧客の積極的な評価は期待できず、したがって業績にも積極的な影響は及ばないことになります。

したがって、それぞれの職務について高業績を達成する確率が高い職務行動を、管理者が部下に対してできるだけ具体的で臨場感のある行動の形で提示し、その職務を担当する社員がその行動を積極的に実践するよう指導し、それらの行動を社員が自ら習慣化するよう奨励することが大切です。そうすることによって、その担当者に対する業績管理の実効性を高めると同時に、将来その職務や類似の職務を希望する人材に対して、高業績に結び付く可能性の高いコンピテンシーを身につける際の行動指針を提供することもできるのです。

市場での競争環境のもとでは、企業活動の目標や経営のプライオリティは不変ではありませんので、業績を挙げるために必要な人的属性(知識、技能、適性など)を一概に定義することはできません。しかし、事業年度を重ねながら数多くの事業戦略を経験する過程で、さまざまな職務についての業績管理を徹底させていくことによって、多種多様の職務を全うするのに相応しい包括的な資格要件に加えて、「高業績を挙げる確率が高いと認められる人材に共通の人的属性や行動特性」を、経験則によって特定することは十分可能です。特に、その職務が機械的な定型業務の反復にとどまらず、絶えず変化する市場や顧客の複雑なニーズに機敏に対応することが求められる難度の高い非定型業務であればなおさら、高業績に結びつく蓋然性や予見性の高い人的属性の特定は極めて重要な意味をもつのです。

定森 幸生

Yukio Sadamori

PROFILE
1973年、慶應義塾大学経済学部卒業後、三井物産株式会社に入社。1977年、カナダのMcGill 大学院でMBA取得後、通算約11年間の米国・カナダ滞在を含め約35年間一貫して三井物産のグローバル人材の採用、人材開発、組織・業績管理業務全般を統括する傍ら、日本および北米の政府機関・有力大学・人事労務実務家団体・弁護士協会などの招聘による講演、ワークショップ、諮問委員会などで活躍。『労政時報』はじめ人事労務管理専門誌への寄稿・連載も多数。2012年に三井物産株式会社を退職後、グローバル・プラットフォーム設立。企業や大学の要請で、グローバル人材育成関連のセミナーやコンサルテーションを実施する一方、慶應ビジネススクール、早稲田ビジネススクールで、英語によるグローバル・ビジネスコミュニケーション講座を担当、実務家対象の社会人教育でも活躍中。

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