文字サイズ
2017.03.13
定森 幸生
米国や英国と同様、日本の行政組織においても、多様化する日本社会と国民の行政サービスに対する期待の変化を踏まえて、確かな将来ビジョンに基づく効果的な施策を提案し推進できる行政人材が求められています。そのような社会の要請を受けて、様々な分野での確かな専門性と独創性をベースにした課題認識力と代案提案力、さらには高い志と広い視野を持ち卓越した対人関係能力に優れた人材を選考する必要性が格段に増してきています。
日本の国家公務員の試験制度は、平成5年度に、国家公務員 I 種(国家Ⅰ種)試験の一部において、面接で最上位の評価を受けた受験者には筆記試験の得点に一定の換算点を合算する判定方式を導入して以来、平成10年度には、国家Ⅰ種試験の全部にこの措置が拡大されました。そして、平成18年度から新たな面接試験の評定の基準として、国家Ⅰ種試験に導入された「6つの評定項目ごとに設定された着眼点別評定段階と行動の例」が人事院より公表されています。なお、平成24年度以降、「国家 I 種」は「国家総合職」に呼称が変更されました。
評価項目は6つあり、それぞれの項目について、インタビューを通じて評価する際の着眼点が設定されています。
項目1. 積極性(意欲、行動力)
【着眼点】自らの考えを積極的に伝えようとしているか
考え方が前向きで向上心があるか
目標を高く設定し、率先してことに当たろうとしているか
困難なことにもチャレンジしようとする姿勢が見られるか
項目2. 社会性(他者理解、関係構築力)
【着眼点】相手の考えや感情に理解を示しているか
異なる価値観にも理解を示しているか
組織や集団のメンバーと信頼関係が築けるか
組織の目的達成と活性化に貢献しているか
項目3. 信頼感(責任感、達成力)
【着眼点】相手や課題を選ばずに誠実に対応しようとしているか
公務に対する気構え、使命感はあるか
自らの行動、決定に責任を持とうとしているか
困難な課題にも最後まで取り組んで結果を出しているか
項目4. 経験学習力(課題の認識、経験の適用)
【着眼点】自己の経験から学んだものを現在に適用しているか
自己の組織や状況と課題を的確に認識しているか
優先度や重要度を明確にして目標や活動計画を立てているか
他者から学んだものを自己の行動や経験に適用しているか
項目5. 自己統制(情緒安定性、統制力)
【着眼点】落ち着いており、安定感があるか
ストレスに前向きに対応しているか
環境や状況の変化に柔軟に対応できるか
自己を客観視し、場に応じて統制することができるか
項目6. 評定項目6.コミュニケーション力(表現力、説得力)
【着眼点】相手の話の趣旨を理解し、的確に応答しているか
話の内容に一貫性があり、論理的か
話し方に熱意、説得力があるか
話が分かりやすく、説明に工夫、根拠があるか
評定のポイントは、キャリア官僚の候補者を判定する際に伝統的に必須条件とされてきた「学力」や「専門性」に加えて、グローバル化時代の日本の社会環境の変化を含め、ますます多様化・高度化する行政課題に柔軟かつ合理的に適応できる人材を選考することができる実効性の高い人物試験を実施することです。中核となる選考方針は、第25回と第26回で紹介した米国と英国の公務員の適性評定と同様、行政官の職務において高業績を挙げる可能性の高い候補者を見出すことです。採用面談では、潜在能力の有無に止まらず、現実の場面において発揮された能力や行動が同じような環境の許で容易に発揮できるかどうかを、「個別面接」、「グループ面接」、指定されたテーマでの「グループ討論」のような形態を使って、behavioral event interviewによるコンピテンシーの測定手法を活用して評価するのです。
平成28年9月に内閣人事局と人事院の連名で作成された公務員の「評価制度マニュアル」(http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/ h2809hyouka_manual.pdf)では、人事評価ポイント(評価の目的、評価制度の仕組み、評価結果の活用)、人事評価制度の概要、具体的な評価手続、評価者の心構え、人事評価の結果の任免、給与等への活用などの具体例が、添付資料を含めて約160ページに亘って詳しく説明されています。添付資料の中には、本省内部の部局の各役職者を始め、本省外に設置された広域管轄機関、都道府県管轄機関、その他の公的機関を含めた8種類の行政組織の様々な役職者について、6~4項目の評価対象行動と15~10の評価の着眼点が詳細に定義されています。これは、行政官として採用され、現実に業務を遂行する公務員に求められるコンピテンシーを含むソフトスキルおよびハードスキルを定義したもので、上述の「6つの評定項目ごとに設定された着眼点別評定段階と行動の例」と同一のコンセプトに基づく評価基準です。
人事評価の本来的な意義は、毎年の人事考課による賃金改訂や社員の再格付けを行う狭義の制度運用だけではありません。それよりはるかに大切なことは、考課者が人事考課の過程で、様々な職務に携わる社員(非考課者)の日々の仕事を取り巻く環境条件にも目配りをして、非考課者が「より難度の高い仕事に就いてその仕事で成果を挙げるためにはどのような技能や仕事への取り組み姿勢が必要か」「同僚や顧客の共感や協力を得やすくするための望ましい態度などの人的属性や行動特性は何か」を見極めることにあります。その目的を達成するため、業績評価の手法やプロセスをツールとして、非考課者と現実の仕事に即して真剣に話し合い、難度の高い職務であっても高業績を挙げる可能性の高い人材を発掘し育成することにあります。
これまで3回に亘って、米国、英国、日本の上級国家公務員の選考過程で評価される人的特性を概観した結果、国家の成り立ち、歴史、文化の違いはあっても、国民に対するサービスを使命とする行政組織が共有する価値観や使命感に大差はないことが判ります。さらに言えば、公的サービスと民間の商業サービスの違いはあっても、それぞれのサービスの担い手が、国民または顧客(広義のステークホルダー)によって究極的に評価される人的行動特性は本質的に変わらないということも明らかです。その意味でも、上述の「評価制度マニュアル」(http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/h280hyouka_ manual.pdf)は、民間企業の人事評価制度を様々な視点から設計したり見直したりする際、参考資料として活用することは大変有意義なことです。
定森 幸生
Yukio Sadamori