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2015.04.27
齋藤 志緒理
現在、タイ国では急激に高齢化が進行しています。1980年には64歳であった平均寿命が、1990年代に入る頃に70歳を超え、2012年には約75歳(男性71歳、女性79歳)となりました。
今号から3回にわたり、この国の「高齢化」にまつわる様々なテーマを取り上げます。
高齢者(※WHOでは65歳以上の人を高齢者と定義)の人口が全人口の7%を超えた国は「高齢化社会」(aging society)、14%を超えた国は「高齢社会」(aged society)と分類されます。高齢者人口が20%を超えている日本のような国は「超高齢社会」と呼ばれます。
「高齢化社会」から「高齢社会」に移行する期間、すなわち高齢化率が7%から14%に倍化する年数は、国により異なります。フランスは115年、スウェーデンは85年の年月を要し、英国は47年、ドイツは40年で倍化しましたが、それに比して、日本の倍化年数は24年――と短いものでした。
タイでは2001年に7%を超え、2023年に14%を超えると予想されています。移行期間は日本の“24年”よりもさらに短い“22年”です。(大泉啓一郎著『老いていくアジア―繁栄の構図が変わるとき』中公新書p.36-37)
高齢化と並行して、少子化も進んでいます。タイで一人の女性が生涯に産む子どもの数(合計特殊出生率)は、1950年代後半には6.4であったのが、70年代後半には4.0へ、90年代半ばには2.0に低下。現在は二人に満たず、バンコクでは0.8という数字です。(末廣昭『タイ 中進国の模索』岩波新書p.120-121)
タイで少子化が進んだ背景として、末廣は上掲書で
(1) タイ政府による徹底した人口抑制策、特に産児制限政策
(2) 女性の社会進出に伴う、晩婚や非婚の増加
(3) 教育コストの上昇と両親の教育投資に対する関心の高まり
――の3点を挙げています。
社会が「多産少死」から「少産少死」に移行する過程で、「生産年齢人口(15~64歳)が従属人口(若年層や老年層)に比して多い」という時期が生じます。この時期のことを「人口ボーナス」と呼びます。労働投入量の増加と国内貯蓄率の上昇が相まって成長が促進されることから、“発展途上国の出生率の低下が、経済成長を高める要因になる”という見方がなされます。
日本では1950~55年から1990~95年までが人口ボーナス期でしたが、その間に先進国としての経済力、技術力を高めることができました。
タイでは人口ボーナスは1960~65年に始まって、2010~2015年に終わりを迎えるとみられています。人口ボーナス期のタイでは、労働集約的産業において、安価で勤勉な労働力を比較優位とし、製品輸出を伸ばすことができました。(大泉啓一郎「東アジアの少子高齢化と持続的経済発展の課題―中国とタイを対象に」『アジア研究』Vol.52, No.2, 2006年p.71)
現在のタイの一人当たりGDPは約6千ドル。既に中進国の仲間入りはしていますが、少子高齢化が更に進み、人口ボーナス期が終われば、生産年齢人口の減少と、貯蓄率の低下によって、経済成長にブレーキがかかる恐れがあります。
「中進国の罠」という言葉があります。新興国が低賃金の労働力などを背景に経済成長し、中進国の仲間入りを果たしたものの、人件費の上昇や後発新興国の追い上げ、先進国の技術力との格差を前に停滞し、なかなか先進国になれない状況を指します。今まさに「中進国の罠」にはまっているタイが、どのようにその状況を打開していくのかが注目されます。
次号では、タイ国の社会保障制度と医療事情を概観します。
齋藤 志緒理
Shiori Saito