グローバル HR ソリューションサイト
by Link and Motivation Group

グループサイト

文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大
  • お問い合わせ
  • TEL:03-6779-9420
  • JAPANESE
  • ENGLISH

COLUMN コラム

チャオプラヤー川に吹く風 タイ人の暮らしと文化

2015.06.22

【チャオプラヤー川に吹く風(26)】高齢化が進むタイ社会 その3~介護事情

齋藤 志緒理

クルアイナムタイ第2病院 ナチュラルホーム(撮影:上東野幸男)

高齢者、要介護者対象のセラピーロボット「うなずきかぼちゃん」。家庭への普及も見込まれる。(撮影:上東野幸男)

前号では、タイ国の社会保障制度と医療事情について取り上げました。今号では、介護をめぐる状況をみていきましょう。

●ニーズの拡大

タイには公的な介護保障の仕組みはなく、現時点では、介護保険のような制度を創設することは検討されていません。

タイでは高齢者施設に対する社会的イメージが悪く、施設に入ることへの抵抗感も存在するため、可能な限り自宅で介護をする傾向があります。タイの高所得者層の間では、メイドの助けを得て介護するケースも多くみられますが、近年は
 ―高齢化の進行による、高齢単身者の増加
 ―メイドでは対応困難な要介護度の高い高齢者の増加
 ―世帯構成人数減、共働きの増加
 ―メイドによる虐待や強盗などの問題
といった点が顕在化し、外部の高齢者向けサービスへのニーズが拡大しています。

●3つの介護サービス

介護の民間サービスとしては、「自宅訪問型」「通所型」「居住型」の3つがありますが、「通所型」は、現状、バンコク市内では交通渋滞が激しく、送迎が困難…という問題があるため、ほとんど機能していません。

「居住型」には、(1)保健省への届け出が必要な「医療(介護)付き老人ホーム」と(2)同省への届け出が不要な「医療(介護)なし老人ホーム」の2タイプがあります。(1)の例としては、高齢者対象の「クルアイナムタイ第2病院」のナチュラル・ホームや、院内に高齢者向けフロアを開設した「サミティヴェート病院」、医療付き老人ホームを運営する「シニアヘルスケア」などが挙げられます。しかしながら、超富裕層は自宅での居住を希望するケースが多いため、「居住型」については、中間層からアッパーミドル層の間での需要が増しているようです。(2)については、そのほとんどが個人経営の小規模なホームで、許可なしで介護サービスを提供するホームも多いとみられます。

「自宅訪問型」は、住み込みや通いのメイドによるサービスが大部分を占めますが、要介護レベルが高く、支払い能力が高い家庭の高齢者には「住み込み介護士」や医師、看護師を派遣するサービスが日系企業「リエイ」や「クルアイナムタイ第2病院」などの病院や老人ホームにより提供されています。
(みずほ銀行産業調査部「アジアにおける介護関連サービス市場の状況および 日系企業による進出可能性の考察」Mizuho Industry Focus Vol.159, 2014年8月)

●日本からのサポート

介護に携わる人材の開発は喫緊の課題です。
「タイでは看護師に関しては大学、カレッジなど養成機関が多いものの、介護士についてはまだ養成システムが未整備で、この分野について、日本が国際貢献できる部分は大きいはず」と、日タイ・ビジネスフォーラムの上東野幸男氏は語ります。

上東野氏によれば、日本が介護先進国として、タイ国をサポートできることは「ソフト」(介護事業を運営するシステムやノウハウ)、「人的技能・ホスピタリティ」(直接介護者はじめ介護プラン作成者や管理者などの専門技能とチームワーク)、「先進技術」(センサー、IT、ロボット)――の3領域に広がっています。最近技術が進歩し、応用分野が拡大しているロボットは、 “介護する人”“介護される人”双方のために開発が進んでいます。前者としては、介助者の腰にかかる負担を軽減する「マッスルスーツ」が開発され、後者としてはアザラシ型の「パロ」や、男の子の姿をした「うなずきかぼちゃん」などのセラピーロボットが製造、販売されています。セラピーロボットは、人間の呼びかけに反応し、人を精神的に癒すことで、認知症高齢者の徘徊や暴言、暴力行為やうつ病などの軽減に効果があると確認されています。

●家族関係の中でみた、老親扶養の現状

社会全体の高齢化が進む中、タイ人は老親の扶養にどう臨んでいるのでしょうか。森木美恵「少子高齢化と老親扶養問題――新たなるタイ社会の課題」『タイを知るための72章』(明石書店)は、大変興味深い指摘をしています。

従来のタイ社会では「(誰か一人の)成人した子どもとの同居」は理想的な老後のあり方と考えられ、実際に高齢者の約80%が子どもと同居しています。また、子どもの側からみると、特に出家によって親のために徳を積むことができない女性にとっては、老親扶養は重要な恩返しの機会と受け止められてきました。

昨今は少子化が進む中で、子どもとの同居率が2011年時点の全国平均が57%程度(都市部で59%、非都市部で55%)にまで低下しているという報告もあり、これまでのように「子どもが同居して親を扶養する」ことが難しくなっている現実があります。

一方、タイ社会では、少子化と並んで「未婚化」も進行しています。2005年の段階で、40~49歳の男性の8%(バンコクでは16%)、女性の10%(バンコクでは22%)が未婚です。また、成人した子どもと同居しているバンコクの高齢者についてみると、その35%は未婚の子どもであるというデータがあります。少子化により、老親扶養の担い手の数は減っているものの、子どもが未婚のまま親と同居することで、“伝統的な老親扶養形態の崩壊”が押しとどめられているという側面もあるわけです。

しかし、近い将来には“子どもをもたない次世代の未婚高齢者”がまとまった人口集団として出現するわけで、それをどうやって扶養してくのかが、社会にとって今後大きな問題になる――と同筆者は締めくくっています。

3回にわたって高齢化が進むタイの状況を取り上げ、少子高齢化が経済発展のブレーキになる側面、社会保険制度や医療制度が抱える課題や介護事情などについてみてきました。今後も高齢化の影響は様々な形でタイ社会に表出してくることでしょう。制度面での整備がどのようになされていくのか、社会の基底を成す、タイ人の家族観が変わっていくことはあるのか、これからも目を向けていきたいと思います。

齋藤 志緒理

Shiori Saito

PROFILE
津田塾大学 学芸学部 国際関係学科卒。公益財団法人 国際文化会館 企画部を経て、1992年5月~1996年8月 タイ国チュラロンコン大学文学部に留学(タイ・スタディーズ専攻修士号取得)。1997年3月~2013年6月、株式会社インテック・ジャパン(2013年4月、株式会社リンクグローバルソリューションに改称)に勤務。在職中は、海外赴任前研修のプログラム・コーディネーター、タイ語講師を務めたほか、同社WEBサイトの連載記事やメールマガジンの執筆・編集に従事。著書に『海外生活の達人たち-世界40か国の人と暮らし』(国書刊行会)、『WIN-WIN交渉術!-ユーモア英会話でピンチをチャンスに』(ガレス・モンティースとの共著:清流出版)がある。

このコラムニストの記事一覧に戻る

コラムトップに戻る