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2015.12.07
齋藤 志緒理
師走に入り、当連載も年内最終回となりました。今号はタイ国の正月をテーマにお届けします。
「タイには年に3度、正月がある」と言われます。西暦の正月と、華人系が祝う中国正月(春節)、そしてタイの旧正月(4月)です。
西暦の正月は大晦日と元日の2日間が祝日です。歴史をひもとけば、タイで太陽暦が導入されたのは1888年で、それまでは「チャントラカティ」という太陰太陽暦が使われていました。西暦の1月1日が元日となったのは1941年からです。
西暦の正月が終わると、ほどなくして春節がやってきます。春節は旧暦に従って決まるので、日付は固定されません。年により、1月下旬から2月中旬ごろに越年となります。首都バンコクは華人系の人口比が高いため、時期が近づくと、街のそこここで店頭に中国式年賀カードやお年玉袋などが並び、春節到来ムードが高まります。春節はタイ国の公式な祝日ではなく、官庁も企業も平常通りですが、華人系の個人店舗などは休業するところが多いようです。
タイ人が国を挙げて大々的に祝うのが、毎年4月13日~15日にやってくる旧正月「ソンクラーン」(旧チャントラカティ暦の新年)です。この3日間は国の祝日で、ソンクラーンの休みが土日にかかる年は、その分が振替休日になります。その年のカレンダーによりますが、前後の平日や週末もつなげて5日間~最長で15日間程度休むこともあります。就学や就労のため、郷里を離れている人々が一斉に帰省する、年一番の大型連休です。
さて、春節やソンクラーンについては別の機会に譲るとし、今号では西暦の正月を取り上げます。
タイには、年末から年始にかけて、日頃お世話になっている人に贈り物をする習慣があります。必ず贈らなければ失礼にあたるという慣行ではなく、する人もしない人もいます。
この時期、デパートやスーパーには、様々な品々を入れてラッピングしたバスケットが沢山並びます。「クラチャオ」と呼ばれる年賀ギフトの定番です。バスケットの中身は、主に飲料や缶詰などの詰め合わせで、各種果物の詰め合わせや燕の巣などもあります。
「クラチャオ」は目上の人に渡すギフトなので、友人同士ではやり取りはしません。友人や職場の同僚には、メモ帳やボールペンなど、10~20バーツ程度のささやかな品を配るのが一般的です。また、家族など大事な人には、相手の顔を思い浮かべながら、特別な品を選んで贈ります。
年末年始には、タイ人はグリーティングカード「ソー・コー・ソー」を送り合います。日本の年賀状のように、元日(以降)に届くよう送るという決まりはありません。12月半ば頃から発送を始めてよく、年明け後も1月中旬まででしたら、出して差し支えありません。(それより遅くなると、春節のカードを送る時期と重なってしまいます。)中島マリン著『タイのしきたり』(めこん刊, p203)によれば、グリーティングカードを出す習慣は、19世紀後半、西洋文化の影響を受け、ラーマ4世が側近や外交関係者らにカードを送ったのが始まりと言われているそうです。
日本の年賀状は葉書タイプですが、タイのソー・コー・ソーは欧米のグリーティングカードのように二つ折りになっており、封筒に入れて送ります。
市販されているカードの絵柄にはどんなものがあるかというと、「ジャスミンの花輪」「ベンジャロン焼(タイの磁器)」「タイの名所旧跡」「ラーマキエン物語(インドの叙事詩「ラーマヤナ」のタイ語版)」など・・・タイの伝統的な文物を描いたものが主流です。国民が敬愛するプミポン現国王の肖像画のカードもあります。
「ソー・コー・ソー」は「ソン/クワーム/スック」(幸せを送る)という3つの音節から成る言葉の頭文字をとったものです。カードの冒頭にはまず「サワッディ・ピーマイ」と書きます。直訳すると“こんにちは、新しい年”で、日本語の「あけましておめでとう」にあたります。それに続けて、よく書かれるのは「新年にあたり、あなたとあなたのご家族が幸せでありますように、何でも願い事が叶いますように、そして、健康で過ごせますように」といった祝福の言葉です。
友人に書くメッセージと、目上の人宛のものでは、表現に違いがあります。友人であれば、上述のように「新年にあたり、あなたが~であるよう祝福します」と書けばよいのですが、目上の人宛の場合、自分を主語にして“祝福します”と書くのは不遜で、失礼にあたります。そこで、「三宝(仏陀と仏法とサンガ)の聖なる徳が、あなた様に~をもたらしてくれるよう、願わせて下さい」といった書き方をします。つまり、自分発ではなく、崇高な「三宝」を引き合いに出して、その高みから、相手の幸福を願うのです。
ところで、1987年からは、元日にプミポン国王から国民へのソー・コー・ソーがテレビや新聞を通じて発信されています。ここ数年は国王が愛犬と共に撮影した写真に、「サワッディ・ピーマイ。幸福と発展を祈ります」とのメッセージが添えられていました。2015年のソー・コー・ソーは写真ではなく、仏陀の前世を描いた仏教説話「ジャータカ物語」の一場面の絵が使われ、「研ぎ澄まされた英知と壮健な身体をもち、真心をもって精励を」と書かれていました。
大晦日には、街に繰り出して「カウントダウン」をする人々がいる一方で、そうした賑やかな越年を好まず、大晦日の夜から元日の朝まで寺院で「年越し読経」に勤しむ人たちもいます。「年越し読経」の歴史は新しく、10年ほど前にバンコク市内のワット・サケット寺院(通称:黄金の丘)で始まったのが端緒で、それが他の寺院にも広まりました。
元日の朝、タイの家庭では、托鉢の僧侶に食事を捧げます。(※本連載(13)「タイ社会と仏教 その2~タイ人とサンガの関係」――で述べた「タンブン」~功徳を積む行為~です。)元日には、寺院に出向いて「タンブン」する人も少なくありません。とは言え、タイ人は誕生日にも同様に「タンブン」をしますし、敬虔な仏教徒は、習慣的に托鉢僧へ食事を差し上げているので、“正月ならではの徳行”というわけではありません。
タイ人の友人に、年頭に寺院に詣でる時にはどのようなことを念じるのか尋ねてみたところ、(一般的に)「正月には新しい人生が始まると考え、良くないことが往く年と共に去っていくよう、新年には良いことがあるよう祈ります」との答えでした。
なお、正月休みには家族皆で外食をしたり、家でパーティを開いたりしますが、タイには日本のおせちのような、特別な料理はありません。
筆者は留学中、タイで年越しをした年もあります。振り返ると、日本に比べて「新年を迎える」という実感が薄かったように思います。それはなぜだろうと改めて考えたのですが・・・
年末年始の日本には「おせち作り」「年越しそば」「紅白歌合戦」「除夜の鐘」「初詣」「書き初め」「七草粥」などイベントや風物詩が多く、「仕事納め」「仕事始め」「笑い初め」「初売り」など、お正月が一年の始まりということを意識させる言葉も沢山あります。そうした環境では「節目」としての正月の重みが際立つのかもしれません。
タイでは、街がイルミネーションに彩られるなどし、祝祭ムードはあるものの、休み自体は短く、正月が日常の延長にある感じがしました。
本年も拙文をお読み下さり、ありがとうございました。皆さまにとって明年が佳き年となりますようお祈り申し上げます。
“サワッディ・ピーマイ 仏暦2559年/西暦2016年”
齋藤 志緒理
Shiori Saito