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COLUMN コラム

チャオプラヤー川に吹く風 タイ人の暮らしと文化

2016.07.25

【チャオプラヤー川に吹く風(40)】上下関係の理 その3~タイ式の挨拶「ワイ」をめぐって

齋藤 志緒理

「ワイ」をする二人。向かって左側の女性が年少、右側の女性が年長者(筆者撮影)

前号、前々号では、タイ語の敬語的表現や一人称の用法など、ことばの側面から、タイ社会における「上下関係」のあり様をみてきました。今号では、タイ人の人間関係について、言語以外の所作から考えてみます。

●タイ式の挨拶「ワイ」

タイ人同士が、両方の掌を合わせて挨拶している姿をご覧になったことはあるでしょうか。「ワイ」と呼ばれる所作です。タイ旅行をし、ホテルやレストランの入り口などで、スタッフから「ワイ」をされた経験のある方も多いのではないかと思います。

この「ワイ」は、先に年少者が年長者に向かって行い、年長者が後から返す――というのが正しい順序です。v

年少者がワイをする時は、お辞儀をするように顔を傾けるので、合わせた掌の指の先が自分の鼻~額のあたりになり、一方、年長者が返すワイは、指の先が顎から胸元あたりまで下がります(添付の写真参照)。

●ワイをする順序

ワイを先にするかどうかの判断基準は、「年齢」だけかというと、そう単純なものでもなく、「社会的立場」が反映されることもあります。(何をもって社会的立場の上下を云々するのか――ですが、重要な点を挙げるならば、職業、経済力、組織内でのポジションなどでしょう。)タイ人によれば、「タイ社会には、年齢に関わらず、無条件で先にワイをされる3つの職業がある。それはすなわち『医師』『教師』『僧侶』」とのこと。

たとえば、医者が患者より若くても、診察室で対面したら患者が先にワイをしますし、子どもを学校に通わせる親は、自分より若い、子どもの先生に先にワイをするという次第です。(「対・僧侶」のワイについては、本稿で後述します。)

企業や役所などの組織内ではワイをする時に、「年齢」と「ポジション」どちらが優先されるのか?・・・は、なかなか難しい問題です。明確な規準はなく、個々の判断によるところ大ですが、一般的に、年齢が若い上司と年上の部下の場合はどうなのか――タイ人に聞くと、「年下の上司から年上の部下へワイをすることは必須ではない。しかし、年下からワイを先にした方が人間関係は円満に運ぶのが世の常。まず年下の上司がワイをし、年上の部下が(恐縮な思いを表現しつつ)丁寧にワイを返すのが理想的」と言います。

小さな組織であれば、誰が年上で誰が年下かを皆が互いに把握していますが、大企業になると、顔を知っているだけで、年齢までは分からないことも多いため、タイ人にとっても「どちらが先にワイをすべきか」は悩ましい問題だそうです。

●感謝を示す「ワイ」の流儀

ワイには「挨拶」以外に「感謝を示す動作」の側面があります。

(1) 目下の人が目上の人に何かいただいた時/してもらった時:

目下から先に深いワイをします。目上の人は軽めにワイを返したり、(手がふさがっていてワイができない時は)微笑みを返したりします。

(2) 目下の人が目上の人に何か進呈する(あるいは手渡す)時:

渡して両手が空いた後で「受け取っていただき、ありがとうございます」という感謝のワイをします。目上の人はワイを返します。

大学では、学生が教授にレポートを出す時なども、こうした所作を行います。

●僧侶と「ワイ」

出家している僧侶は、在家の民衆に対してワイをしません。朝、托鉢の僧侶に食べ物を寄進する人たちは、僧が抱えるお鉢の中におかずやご飯などを入れたら、(もらっていただきありがとうございますという思いを込めて)ワイをしますが、僧侶はワイを返さずに立ち去ります。これは、国王が仏教行事で僧侶に接する時も同じです。サンガ内での位階の高低に関係なく、僧侶が王様にワイをすることはありません。

●外国人として「ワイ」とどう付き合うか

タイ国で政治家が、年齢も立場も様々な聴衆に向けて演説をする際など、四方八方に向けてワイをしながら会場に入場するシーンがニュースで報じられることがあります。こうしたシチュエーションのワイは、日本の「会釈」に近いもので、上下関係を反映するものではありません。ワイの作法としては例外的なものといえます。

ワイをする場合、両者の間には原則として「上下関係」が介在します。言い換えるならば、ワイはタイ社会のタテ糸を反映した所作です。

「どちらが先にワイをするのか」「どのくらいの深さでワイをするのか」など、タイ人は幼少時からしつけられ、大人のワイを観察することで、自然に振る舞えるようになります。

「ワイは誰とでも、いつでもできるタイ式挨拶」と考えて、外国人がむやみに手を合わせると、された方が戸惑うのはもちろん、滑稽に映ってしまうことがあります。されたワイに対してワイで返すのは問題ありませんが、自分からワイをする際には、一旦相手との関係を考えた上で行うことが賢明です。

筆者は学生としてタイ社会に暮らしましたので、ごく自然に教授陣や年上の寮生にワイをし、あまり悩むことはありませんでした。しかし、日本からタイ国に赴任しているビジネスパーソンは、「年齢」「立場」「相手との関係」など、考える要素が多く、迷うところが大きいかもしれません。

特に、会社の看板を背負って交渉の場に立つ時など、ワイに付随する「上下の関係性」を持ち込むのは好ましくないこともあります。この連載の「その1」で書いた、年上のタイ人を「クン+名前」で呼ぶか、「ピー+ニックネーム」で呼ぶか――に通じるものがあります。海外生活において「郷に入りては郷に従え」の精神で過ごすのは意味あることですが、「対等性」を意識した言動が求められるビジネスシーンでは、ワイではなく握手をするなど、「タイ式」にとらわれない選択肢もあろうと思います。年長の尊敬するタイ人にワイをしたいのであれば、会議など公的な場所で会った時ではなく、よりプライベートな機会、たとえば一緒にゴルフや食事をした後の別れ際などにすることをお勧めします。

さて、3回完結を予定していた本連載ですが、予定を延長して、あと1回だけ「上下関係の理」をテーマに書かせていただきます。最終回では、タイ人の深層心理の中にある「分際を知る」という意識について説き起こしてみたいと思います。

齋藤 志緒理

Shiori Saito

PROFILE
津田塾大学 学芸学部 国際関係学科卒。公益財団法人 国際文化会館 企画部を経て、1992年5月~1996年8月 タイ国チュラロンコン大学文学部に留学(タイ・スタディーズ専攻修士号取得)。1997年3月~2013年6月、株式会社インテック・ジャパン(2013年4月、株式会社リンクグローバルソリューションに改称)に勤務。在職中は、海外赴任前研修のプログラム・コーディネーター、タイ語講師を務めたほか、同社WEBサイトの連載記事やメールマガジンの執筆・編集に従事。著書に『海外生活の達人たち-世界40か国の人と暮らし』(国書刊行会)、『WIN-WIN交渉術!-ユーモア英会話でピンチをチャンスに』(ガレス・モンティースとの共著:清流出版)がある。

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