グローバル HR ソリューションサイト
by Link and Motivation Group

グループサイト

文字サイズ

  • 小
  • 中
  • 大
  • お問い合わせ
  • TEL:03-6779-9420
  • JAPANESE
  • ENGLISH

COLUMN コラム

チャオプラヤー川に吹く風 タイ人の暮らしと文化

2016.11.14

【チャオプラヤー川に吹く風(44)】プーミポン国王の逝去から1ヵ月

齋藤 志緒理

バンコク・トンブリ地区、ワット・パークナーム寺院の仏像と壁画。壁の上部には仏教を題材とした伝統的な絵が、その下には王族の肖像画が描かれている。(筆者撮影)
バンコク、シーロム地区にあるショッピングモール正面にしつらえられたプーミポン国王の祭壇(撮影:河島久枝)
バンコク・トンブリ地区、ワット・パークナーム寺院の仏像と壁画。壁の上部には仏教を題材とした伝統的な絵が、その下には王族の肖像画が描かれている。(筆者撮影)
ショッピングモール内で売られている喪服(撮影:河島久枝)
バンコク・トンブリ地区、ワット・パークナーム寺院の仏像と壁画。壁の上部には仏教を題材とした伝統的な絵が、その下には王族の肖像画が描かれている。(筆者撮影)
屋台の店頭に並ぶ、モノトーンのTシャツ。中央上下の黒いTシャツの胸にはハート形がプリントされ、その中にタイ文字の「9」が入っている。数字入りの黒服はデパートでは決して扱われることはない。(撮影:河島久枝)

2016年10月13日、タイ王国のプーミポン国王(プーミポンアドゥンララデート王)が逝去されました。在位期間70年は、存命する世界の君主の中で最長でした。日本の新聞各紙はこのニュースを翌日の朝刊の一面で大きく報じ、国王の評伝などの関連記事も掲載されました。どのメディアも言及しているのは、度重なる政治危機を収拾してきた国王の指導力や、その存在が国の安定の柱であったことです。

現在のタイは、プラユット暫定首相率いる軍政下にあります。今年8月に新憲法案を巡る国民投票が行われ、国民の支持が得られたことをふまえ、来年中の総選挙が予定されていました。しかし、国王逝去によって先行きは不透明となり、民政への移管が遅れる可能性も出てきました。

ワチラロンコーン皇太子は即位を急がず、国王の火葬は1年先になるとの見通しを示しています。国王が空位の間は、元陸軍司令官で、1980年から8年間首相を務めた枢密院議長のプレム氏が摂政を務めることになりました。プレム氏は生前のプーミポン国王の信頼が篤かった人物として知られ、首相退任後も国政に長く影響力を持ち続けてきた「重鎮」です。同じ陸軍出身のプラユット暫定首相とは一枚岩ですが、96歳と高齢なことが不安要素です。

プーミポン国王の逝去からちょうど1ヵ月が経とうとしていますが、タイ社会では実際にどのようなことが起こっているのでしょうか。国民が喪に服し、黒い服の需要が高まっていることや、所得が低い人のため、政府が無料で黒いTシャツを配布したり、手持ちの服を無料で黒く染めたりするサービスを提供していることなどがニュースになりました。しかし、日本で報道される情報は限定的で、実像をつかみづらいため、この度、在タイ歴20年の日本人に電話取材をしました。以下は、「タイ王国元日本留学生協会附属日本語学校」(OJSAT)で日本語教師を務める河島久枝さんの話です。

●黒い服を巡って

――現在の衣服事情は?
「王様が亡くなった直後は、皆ありあわせの黒や白の服を身につけ、バリエーションは少なかった。白い服にカラーの模様が入った服なども許容範囲で、服は黒だけれども、鞄や靴は赤という人もいた。その後、鞄や靴も黒で揃える人が増えていった」

「官庁や大学、銀行などでは、向こう1年間喪に服すため、公務員や大学教員、銀行員はその間はずっと喪服での勤務となる。一般人の服喪期間は1ヵ月だが、黒服が義務付けられているわけではなく、個人の判断による。今後、どのようにモノトーン以外の色が世間に戻ってくるかは未知数。徐々に、パステルカラーなどの淡い色目から身につけるようになるのではないか」

「服喪期間中、“黒を着ておしゃれをする”という意識で、黒いミニスカートや黒いシースルーの服などを着る人もいる。王様の死を悼む気持ちが薄いわけでは決してないが、御仕着せの、型にはまった喪服ではなく、“黒い服”という枠の中で、自分なりにおしゃれをしようとするところは、タイ人らしい。もちろん保守的な人々は、それを良しとはしていない」

「黒一色の服でなくても、黒と白のボーダー、ストライプなどの柄ものや、(派手な色の模様の入っていない)白やグレー、紺、茶色などの服でも差し支えない。黒以外の服の場合、腕や胸に黒いリボンを付けるのが一般的」

「全体的に、おしゃれなデザインの黒服や黒と白の柄目の服が増え、ありあわせの黒っぽい服を着ていると、かえって浮いて見えるようになった」

「デパートでも黒服を中心に販売し、他の色の服はフロアーの隅の方に置かれている。色物は“在庫があるから一応置いてある”というスタンスで積極的に売っているわけではない。黒服需要に便乗した商売は批判の対象となり、デパートや大きな衣料品店舗は“喪服セール”などの広告は一切出さない。他方、(ラーマ9世の)「9」という数字や王様の肖像をプリントしたTシャツが街角の屋台で売られているが、そうした零細販売者の黒服商売には世間も目くじらを立てない」

――海外から来タイする旅行客は?
「国中が喪に服していることを認識し、グレーや白などを身につける旅行客が多い。空港やホテルでは喪章(黒いリボン)を配布し、それを身につけることを勧めている」

●祝い事やイベント

――イベントは相次いで中止となっているのか?
「パーティなどは、(服喪期間が明けてからの)1ヵ月以上先のものもキャンセルとなっている。しかし、行事が全てキャンセルというわけではなく、イベント自体は中止せず、亡くなった王様を偲ぶ機会として開催することもある。例えば、今月の『ロイクラトン祭』(陰暦12月の満月の夜に行われる灯籠流しの祭り)も、いくつかの場所では中止せずに“王様の偉業へ思いを馳せる”形で実施される予定」

――結婚式は?
「タイには占い師に、最良の吉日を選んでもらい結婚式を行う慣例があり、できるだけそのタイミングを外したくないのが心情。結婚式は予定通り挙げるが、(周囲への遠慮から)屋外では行わない。また、盛大な音楽や華々しい演出もなく、式の中で新郎新婦がプーミポン国王の写真の前で跪く所作をするなど、喪の期間なりのやり方で挙行している」

●日系企業の動向

「今回の国王崩御に際しては、非常にセンシティブになっており、1ヵ月以上先のイベントを中止している企業も多い。政情不安を案じて、王様が亡くなった直後に妻子を日本に帰すよう指示が出た企業もあったが、混乱がないのを見てタイに呼び戻している」

「日系企業は、工場内に、タイ人従業員が靴を脱いでプーミポン国王の肖像の前に平伏し、お参りできる祭壇を設置していると聞く。また、一連の王様の弔いの儀式に赴くために仕事を休んだ場合、通常の有給休暇を充てなくてもよいとする企業もあるそうだ。タイ人の気持ちを考慮したこうした計らいは、従業員に感謝され、仕事へのモチベーションを高めると思う」

●通常放送の自粛と王室関連映像の放映

――テレビ放送はどのような状況か?
「テレビのニュースは白黒で放映され、ドラマは『王朝四代記』(ククリット・プラモート原作の小説をドラマ化した歴史物)のみが上映されている」

「コマーシャルは自粛され、王室の人々の写真やビデオクリップが間断なく放映されている。プーミポン国王の子ども時代・青年時代の写真や、国王が地方行幸し、国民に慕われている姿など、亡き国王を偲び、功績を称えるものに加え、今まで見たことがなかったような、国王一家(シリキット王妃と1男3女の子どもたち)の私的な映像もある。ワチラロンコーン皇太子の映像も多く、後継者としての存在感を国民の間に浸透させる意図があるのかもしれない」

●「不敬」への恐れとソーシャルメディア浸透による弊害

――国民自身がいろいろなことを自粛している様子が感じられるが。
「一般国民は1ヵ月の喪が明けても、自ら率先して喪を解く勇気はもてないのではないか。周囲の様子を見ながら、少しずつ平常に戻していくかもしれない」

「いわゆる“赤シャツ派”の中には、ごく一部だが、王様や王室に批判的な人がいて、そうした人たちは不敬罪を恐れ、海外に逃亡するなどしている。喪服を着ていないと、彼らの仲間では?という目で見られることがあり、実際に、街中で、黒服を着ていない人を見つけて取り囲み、王様の肖像画の前で跪かせるという事件が起きている。近くのコンビニに買い物に行くぐらいであれば、平常の服でも大丈夫だが、公共の場に出る際は、皆こうした事態を避けるため、服喪の姿勢を示した格好をしている」

「バンコクは地方に比べ、喪服を着ている人の割合が高い。『川を一つ越えると、黒服率が下がる』と言われるくらいで、近隣県でも状況は変わる。これには二つ理由があると思う。一つは、バンコクの住民は政府にも王宮にも物理的に近く、喪服が徹底しやすい環境であること。衷心から弔意を示したい人がいる一方、(上述のように)周囲のプレッシャーも受けやすい。もう一つは、バンコク市民は平均所得が他県に比べて高く、黒い服を新たに購入する経済的なゆとりがあること」

――ソーシャルメディアは?
「1ヵ月の服喪期間中は、LINEの緑色のマークが黒く表示されている。また、フェイスブックへの広告掲載が自粛されている。これは、フェイスブックを商売のツールとして使っている人には大打撃のようだ。私には鞄などの小売をしている知人がいるが、王様が亡くなってから黒い鞄の需要が増し、マーケットで品薄になっている事態を鑑み『もし、黒い鞄をお探しでお困りの方がいらしたら、まだ在庫があります』という控えめな広告を出した。その途端に、いつもそのフェイスブックにアクセスしている人が登録する“ファンページ”から5人の名が消え、無言の圧力を感じたという」

「日常の写真を撮り、常にフェイスブックにアップしているタイ人は多い。“友だち”登録をしている人が千人に上るなど、実際に顔見知りでない人ともつながっているケースがほとんど。黒い服を着ていない写真を載せたりすると非難を受けかねない」

「総じて、ビジネスをしている人、芸能人、ソーシャルメディアで自分をアピールしている人、政治的活動をしているなど、目立つ人は“便乗商法”“服喪の姿勢に欠ける”“不敬”といった批判を浴び易く、社会から監視されているような息苦しさがあるかもしれない。(ごく一般の人たちは、そこまで神経質になっていない)」

●今後への見通し

「服喪に関しては、年内は今の状況が続くのではとの大方の予想だ。例年大々的に年越しカウントダウンを行っているショッピングモール“セントラルワールド”は大晦日のイベントの中止を決定した。年末の街を彩る各所のイルミネーションも中止の予定」

「私の周囲では、『現政府がプラユット政権(軍事政権)でよかったのかも』というタイ人の声を聞く。軍事政権下では、そもそも街の中で集まって騒いだりするとすぐ捕まるので、暴動などの芽は生まれにくい。プラユット政権が(当初の任期を超えて)『あと2年は続くのでは』『続いてほしい』いう希望的観測を抱き、その間に、できる限り穏便にラーマ10世への王位継承が行われることを期待する向きがあるようだ」

●終わりに

河島さんは自身の見解として「2014年5月のクーデター(=インラック首相が失脚し、プラユット暫定政権が発足するきっかけとなった)以後の2年半を振り返ると、総選挙に向けた歩みが遅々として進まないなど、軍事政権が権力に執着してきたような印象を受ける。しかし、今になって思えば、王様のご容体が思わしくないことから、王様が亡くなった時に重石として機能するように、軍隊を背景にしたプラユット政権が国政運営にあたってきたのでは・・・という見方ができると思う」と語りました。

民主主義の観点からすれば、少しでも早く民政に移行すべきであり、そのためには総選挙が急がれるわけですが、タイ人の中には軍事政権を「非常時に社会の混乱を招かぬために必要なもの」と受け止める考え方もあるようです。

プーミポン国王への国民の信頼や尊敬の念は、その地位に対してではなく、国王個人の人徳や姿勢に向けられたものでした。「システム」としての王室は以後も続いていきますが、70年の在位期間で醸成された国民との信頼関係が、すぐさま次代に引き継がれるとは考えづらく、タイ国民と王室との関係性が変わっていく可能性もあるでしょう。国王が長く社会の支柱であったことが、対外的にもタイ国の安定性を高め、外交、経済など様々な面で恩恵をもたらしてきたのは間違いなく、今後いかにその安定を維持していくかが重要な課題となるのではと思います。

齋藤 志緒理

Shiori Saito

PROFILE
津田塾大学 学芸学部 国際関係学科卒。公益財団法人 国際文化会館 企画部を経て、1992年5月~1996年8月 タイ国チュラロンコン大学文学部に留学(タイ・スタディーズ専攻修士号取得)。1997年3月~2013年6月、株式会社インテック・ジャパン(2013年4月、株式会社リンクグローバルソリューションに改称)に勤務。在職中は、海外赴任前研修のプログラム・コーディネーター、タイ語講師を務めたほか、同社WEBサイトの連載記事やメールマガジンの執筆・編集に従事。著書に『海外生活の達人たち-世界40か国の人と暮らし』(国書刊行会)、『WIN-WIN交渉術!-ユーモア英会話でピンチをチャンスに』(ガレス・モンティースとの共著:清流出版)がある。

このコラムニストの記事一覧に戻る

コラムトップに戻る