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COLUMN コラム

チャオプラヤー川に吹く風 タイ人の暮らしと文化

2017.01.10

【チャオプラヤー川に吹く風(46)】タイ人のコミュニケーションスタイル その1~高コンテクストな文化

齋藤 志緒理

エドワード・ホールによる、様々な文化グループのコンテクストの度合い(本表には「タイ人」は記載されていない)
エドワード・ホールによる、
様々な文化グループのコンテクストの度合い
(本表には「タイ人」は記載されていない)

“サワッディ・ピーマイ 仏暦2560年/西暦2017年”
明けましておめでとうございます。

タイ国ではプーミポン前国王逝去の50日後にあたる2016年12月1日に、ワチラロンコーン皇太子が即位し、ラーマ10世王となりました。戴冠式は前国王の喪が明ける2017年10月以降に行われる予定です。

タイ在住の友人によれば、この年末、「ソー・コー・ソー」(年賀のグリーティングカード)は例年よりも小規模ながら販売されたとのことです。大晦日の夜にはバンコクの王宮前広場で花火が打ち上げられるのが恒例ですが、2016年は同広場で、市民がろうそくを手に年越しをするセレモニー“Candlelight of Siam”が行われました。事前の報道では、当日来場の市民には計10万本のキャンドルが配布されるとのことでした。

ここ数年来、政治的な混乱が続いてきたタイ国ですが、新国王即位後の情勢が安定的に推移していくことを願います。

さて、今号から数回にわたり、タイ人のコミュニケーションスタイルに関するテーマで書きたいと思います。

●高コンテクストと低コンテクスト

異文化コミュニケーションを学ぶ際の概念の一つに「高コンテクスト」「低コンテクスト」があります。米国の文化人類学者、エドワード・ホールが提唱したものです。

端的に言えば、コミュニケーションにおいて言語メッセージ以外に依存する割合が大きく、詳しく説明しなくてもわかり合えるのが「高コンテクスト文化」、逆に、言語以外のものに依存しないのが「低コンテクスト文化」です。「高」「低」は、どちらが優れているという価値判断を含むものではありません。

高コンテクスト社会では、自分と相手が依拠する文化・価値観が重なり合い、共通認識が多いため、逐一言葉にしなくても、互いに意思を伝えやすい面があります。「一を聞いて十を知る」や「阿吽の呼吸」「以心伝心」といった言葉が存在する日本は、ホールの指標では最も高コンテクストな文化グループに分類されています(添付の表参照)。

一方、低コンテクストのグループとして高位に位置づけられているのは、ドイツ系スイス人、ドイツ人、スカンジナビア人、アメリカ人などです。低コンテクスト文化では「十を聞いて十を知る」が基本なので、伝えたいことは全て言葉にして、明確に発信しなければなりません。

●タイ人は、高低どちらの「コンテクスト」文化か

タイ国民は、北方の山岳民族、南部のマレー系住民、人口の約1割を占める華人系人口など様々なエスニックグループで構成されており、民族・文化的に“均一”の国ではありません。

しかし、地形的に地続きであるという国土環境や、近代以降の中央集権的統治、教育の普及によって、タイ語が浸透し、文化・価値観の共有度は高い国です。仏教徒が国民の約95%を占めることも大きく影響しています。文化的には“完全な一枚岩”では決してありませんが、高コンテクストな社会と言って差し支えありません。

その高コンテクストなタイ社会で重要な役割を果たすのが“スマイル”です。タイ人は言葉の代わりに微笑みで表現するとも言われ、「タイ人の笑顔には何パターンもあり、それぞれに意味がある」という研究者の分析があるほどです。タイ人の微笑みについては、また機会を改めて取り上げましょう。

●「高コンテクスト 対 高コンテクスト」の落とし穴

外国人同士が交流する際、両者共に低コンテクスト文化出身であれば、言葉を尽くし、分からないことがあれば質問して明瞭に理解しようとするので、コミュニケーション上の齟齬は起きにくいものです。「全て言葉で説明する」のも「理解できない時に、質問して確認する」のもエネルギーを要するように思えますが、低コンテクスト文化の人なら、平素から自国の中でも(同国人との意思疎通においても)している作業です。

「高コンテクスト 対 低コンテクスト」の場合は、高コンテクストの人々は、低コンテクストの人々に対して、(普段以上に)言語で緻密に意思を伝える必要があります。しかし、言葉が足りなくても、低コンテクスト側が質問すれば、説明不足の部分を補完できます。

一番問題が発生しやすいのは、「高コンテクスト 対 高コンテクスト」の時です。まさに、日本人とタイ人の組み合わせがこれです。「一を聞いて十を知る」高コンテクスト文化の国では、逐一説明することに慣れておらず、むしろ「説明のしすぎは、くどくなる」という意識が働きます。そこで、相手が外国人でも、全部言葉にしなくても理解してくれているであろうという希望的観測の下、「10の内の1」とは言わずとも、「10の内、7か8」程度の説明に留めてしまうことが多いかもしれません。

その結果、互いが互いの意図を正確に理解せず、不明点を確認することもせぬまま、「伝えたつもり」「わかったつもり」になる恐れがあります。高コンテクストである点では、日本人とタイ人は似ていますが、それぞれが背景としている文化や価値観は異なるので、言葉による伝達が不十分ですと、ミスコミュニケーションの可能性が増幅されてしまいます。

特に仕事を通じてタイ人と接する方は、「指示がちゃんと伝わったと思っていたら、そうではなかった」などといった状況を回避するためにも、相手が本当に理解しているかを、意識して確認する癖をつけることが肝要です。

たとえば「大切なことは、文字にして書いて伝える」「何か指示を出して、部下が“わかりました”と応じても、それで終わりとせず、どのように理解したかを、本人の言葉でもう一度言ってもらう」などの方策をとるとよいでしょう。

つまり、高コンテクスト同士の異文化コミュニケーションにおいては、面倒でも、低コンテクスト的に、「言葉にして伝え、確認する」労力を惜しんではならないということです。

もっとも、これはあくまで一般論ですので、特定の人物とのつきあいが長くなれば、個人間の共通認識が増えて、タイ人とのコミュニケーションにおいても「一を聞いて十を知る」が実現するかもしれません。

●「わからない」と言うことへのハードル

個人差はありますが、タイ人は日本人に比べると、わからないことがあっても、心理的にそのことを告げづらく、自分より目上の人に対する時にその傾向が強いように感じます。

これにはいろいろな要素があります。「わからない」と言って相手を失望させたくない思いや、自分がわかっていないことを晒したくない気持ち(一種のプライド)、さらには「わからない」と言うのは、相手の説明が不十分なことを指摘するようで、遠慮してしまう心理もあります。

いずれにせよ、日本人にとっては、タイ人側から「わからない」という積極的な意思表示がないことで、高コンテクスト同士のコミュニケーションの落とし穴にはまるリスクが高まります。プライドを尊重しつつ、「わかっているかどうか」「わからないことがあるとすれば、それは何か」を把握し、的確に情報を伝えることが求められます。

ここで述べた「高コンテクスト 対 高コンテクスト」の意思疎通の留意点は、日本人‐タイ人の間以外にも、様々な国の人とのコミュニケーションに応用できますので、ご自身が接する外国人が高コンテクスト文化出身の場合は、同様に意識し、対策されることをお勧めします。

齋藤 志緒理

Shiori Saito

PROFILE
津田塾大学 学芸学部 国際関係学科卒。公益財団法人 国際文化会館 企画部を経て、1992年5月~1996年8月 タイ国チュラロンコン大学文学部に留学(タイ・スタディーズ専攻修士号取得)。1997年3月~2013年6月、株式会社インテック・ジャパン(2013年4月、株式会社リンクグローバルソリューションに改称)に勤務。在職中は、海外赴任前研修のプログラム・コーディネーター、タイ語講師を務めたほか、同社WEBサイトの連載記事やメールマガジンの執筆・編集に従事。著書に『海外生活の達人たち-世界40か国の人と暮らし』(国書刊行会)、『WIN-WIN交渉術!-ユーモア英会話でピンチをチャンスに』(ガレス・モンティースとの共著:清流出版)がある。

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