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2017.02.06
齋藤 志緒理
コミュニケーションスタイルを、前回解説した「高コンテクスト」「低コンテクスト」で分類するならば、高コンテクストな社会の方が、意思疎通において “言外のメッセージ”の果たす役割が大きくなります。
“暗黙の了解”や“空気を読む”といった言葉も、高コンテクスト社会ならではのものです。今号で取り上げる「ホンネとタテマエ」についても然り。低コンテクスト社会だからといって、全部正直に、自分の本心を100%語るということにはならないでしょうが、「ホンネとタテマエを使い分ける」頻度は、高コンテクスト社会の方が圧倒的に高いと言えます。
低コンテクスト社会では、思ったことを率直に語ったり、相手に対して厳しい意見を言ったりしても、それによって人間関係が傷つくことを想定していません。相手と議論を交わす場合、自分の意見や相手の意見は、互いの人格そのものではないという認識があり、分けて考えるからです。しかし、高コンテクスト社会では、意見も人格に付随するものととらえがちで、言葉で相手と対立すると、それが人間関係に悪影響を及ぼしかねません。そこでホンネとタテマエを使い分け、クッションとしているわけです。
●タイ人の「ホンネ・タテマエ」
日本人もタイ人も、ホンネとタテマエの使い分けをしますが、タイ人のそれは日本人以上ではないかと感じることがあります。
筆者の留学中の経験を例に挙げましょう。住まいとしていた学生寮の1階は風が通り抜けるピロティで、机と長椅子が据え付けられ、寮生たちが談笑したり、各々が課題を持ち寄り、一緒に勉強したりする場となっていました。
寮食堂や自炊用のキッチンはなかったため、夕食は仲の良い者同士、グループで連れ立って近くの市場や食堂に繰り出すのが常でした。いざ出かけようという時に、ピロティに座っている寮生がいれば、たとえ彼/彼女が普段から一緒に行動していない人物であっても、「○○さん、ご飯を食べに行きましょう」と一声かけます。
誘われた方が、「ありがとう。一緒に行きます」となることは稀で、ほとんどの場合「もう食べたので」とか「まだお腹がすいていないので」などと言って辞退します。
また夜間、ピロティの机で寮友と勉強している時に、その中の誰かが自室から果物やお菓子をもってくることがあります。同じ机の数人で分けるわずかな量しかなかったとしても、食べる前に、周りの机の寮生に向かって「果物はいかが?」「お菓子をどうぞ!」などと声を発します。声をかけられた寮生たちは「結構です。ありがとう」と応じます。
明らかに一緒には行かないだろうと思われる人も夕食に誘い、見るからに不十分な量の果物やお菓子を勧め、誘われた方が、それに対して丁重に断るというこのやりとりが、最初はとても形式的・儀礼的に感じられました。しかし、そういう場面を何度も見る内に、無駄にも見えるこうしたやり取りが、実はタイ人同士のコミュニケーションにとっては重要で、人間関係の潤滑油になっているのかもしれない、と気付かされました。
いわば、相手への礼儀としての「タテマエ」のやり取り・・・筆者はそれを寮生活で体験しましたが、タイ人の友人によると、一般家庭では、例えば昼時に訪問してきた客には、(実際には家族分の食事しか準備していなくても)「今から昼食なので、ぜひご一緒に」と勧めるのがマナ―とのこと。中には遠慮なく供応を受ける客人もいて、急きょご飯を追加で炊かねばならず、主婦は大変な思いをするとか。「なぜ、わざわざ昼時に訪ねてくるのか。昼を外してくれるのが思いやりなのだけれど」とその友人はホンネを聞かせてくれました。
●職場環境における留意点
このような、ホンネとタテマエを使い分けは、タイ人とのプライベートな付き合いの中では、「そういうものなのだな」と納得すればよいでしょうが、こと職場でのコミュニケーションとなれば話は別です。
タイ人の部下をもつ立場の日本人が、業務遂行のために現場の率直な意見を求めたい時など、もし部下が本当のことを言ってくれなかったら、目的が達成されません。
そもそも上下関係のある組織内では、タイ人はホンネを言いづらく、日常的な“ガス抜き”ができぬまま、不満をため込む可能性があります。今まで何もSOSを出さなかった部下の不満が閾値まで達し、いきなり退職を申し出てくることもあります。
部下からホンネを引き出すには、安心してものが言えるような環境や信頼関係を日頃から醸成することが肝心です。忌憚のない意見がほしい時は、大きな会議ではなく、小さなミーティングを設定し、言葉を発し易い雰囲気を作るとよいでしょう。また、「君のホンネが聞きたい」という熱意と意図をしっかり伝えることや「ホンネを言うことにより、本人がマイナスの影響を被ることはない」と予め請け合うことも大切です。
齋藤 志緒理
Shiori Saito