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2015.08.31
矢野 暁
先回コラムの掲載後まもなく、「シンガポール人材省が38社を監視対象にする」とのニュースが当地メディアに流れました。昨年8月にJobsBankサイトが導入されて1年が経過し、その間に同サイト利用も含めてシンガポール人雇用における公平性がどの程度確保されたのか、その実施状況について人材省がレビューした結果として38社が「公平性に著しく欠ける」と判断されたようです。
これらの企業を特定する過程の中では、疑わしい150社に対して人材省が聞き取りを行ったとのことです。他にもIT、金融、保険、建設、卸売りの業界における100社が、各業界の平均的な比率よりも抜きん出て外国人雇用が多い企業として「目を付けられた」ようです。
監視リストに掲載された企業の雇用プラクティスに満足な改善が見られない場合は、就労ビザ(EP)の申請に対して許可を出さない可能性も人材省は示唆しています。
同省からのこの情報開示は、シンガポール国民ならびに外国人雇用する全ての企業に対して、政府・人材省の取り組みの本気度を示す狙いがあったものと思われます。
それでは、何をすれば「公平性を維持」できるのでしょうか? もちろん、最も単純化して言えば、シンガポール人だけを、あるいはシンガポール人を「たくさん」雇用し且つPME職にも配置していれば問題は生じません。
シンガポールで事業を行う以上、シンガポール人雇用を優先するのはある意味当たり前のことです。どの国でも、それは当然と言えば当然なのです。
景気悪化、自国民の失業率増加、所得格差などが顕著になれば、なおさらのことです。
ですが特に外資企業の多くにとっては、本国からの人員派遣に重きを置くことは日系企業に限らず一般的です。また域内拠点として特殊な役割を持つシンガポールだからこそ、様々な言語や商習慣を解するアジア人等の雇用も不可欠となってきます。
したがって、結局はバランスの問題だと思います。人材省から求められているのは、1) 外国人雇用比率を業界平均程度に抑制することと(すなわち際立って突出しないこと)、2) PME職に出来るだけシンガポール人を登用すること(能力・実績が不十分な外国人のPEM職への登用はやめること)、そして2)にも関係しますが、3)シンガポール人材を積極的にトレーニングし高度化することです。1)と2)は客観的に見て明らかですし、3)も具体的な研修プログラムを示して努力姿勢をアピールできます。
気をつけなければならないことの一つが、「日本語ができないと仕事にならないから日本人を雇用する」といった理屈です。これは通りません。また、従業員25人以下の企業はJobsBank利用義務が免除されるから外国人雇用が多くても大丈夫、という認識も間違いです。現地法人の規模に拘わらず、人材省は外国人比率を注視しています。実際に最近目にした例として、シンガポール人が一人もいない数名程度の小さな日系企業オフィスが、新たな日本人スタッフ雇用に際してEP申請を行ったところ、再申請もアピールも全て却下されて、結局雇用できなかったということがありました。
タイのように外国人1人に対してタイ人を4人雇用せねばならない、といった明確な基準は開示されていませんが、比率は客観的に人材省が把握できるので、従業員の規模に拘わらずバランスには十分な配慮が必要です。
外国人雇用の規制強化を、「外国人は一切必要とされていない」と解釈するのは間違いです。この国の経済発展継続のためには今後も外国人が必要なのは、少なくとも政治家や行政官僚は分かっています。ですが、国が求めている類の外国人は、極めてハイエンドの高度人材(ブレイン)とワーカーレベルの労働者(手足)です。すなわち、その間にいる「中途半端な」外国人は不要、シンガポールの一般労働者で対応可能というスタンスなわけです。
もちろん、シンガポール人の高度人材を現状よりももっと増やしていくことが前提です。
「シンガポール人だけで両極端のギャップを埋めることなどできない」と反論してみても仕方がありません。日本人がシンガポールで働きたければ、老若男女を問わず、自分の専門性や能力、そして実績を磨きに磨いて、労働市場で高く買ってもらえるようにせざるを得ないのです。
「アジアの中心地シンガポールで働きたいから」といった思いや情熱だけでは、残念ながら最早受け入れて貰えない国となってしまった現実を直視しなくてはなりません。(将来の政策がどうなるかは分かりませんが…)
矢野 暁(サムヤノ)
Satoru Yano