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2015.10.26
矢野 暁
建国50周年記念式典を8月半ばに無事終え、その後の9月11日の総選挙も与党勝利で比較的順調にきたシンガポールですが、何とかF1のナイトレースを滞りなく完了した9月後半前後から10月下旬にかけて、島内全体のストレスレベルが高まっています。
隣国インドネシアでの違法な野焼きや森林・泥炭火災により、8月下旬頃からシンガポールは深刻なヘイズ(haze:煙害)に見舞われています。
PSI(Pollutant Standards Index:大気汚染を示す指数)が悪化し、とても人間が住めるような環境ではない!と言っても大袈裟ではないほど酷い状況の日も結構あります。なにしろ煙の中で24時間暮らしているようなもので、それがいつ終息するか分からないのですから。マリーナベイサンズを向いて威勢よく水を吐き出すマーライオンも白煙の中にシルエットのように浮かび、視線は方向感を失っているようにも見えます。
火元の中心はどこかと言えば、シンガポールの東側に位置するボルネオ島のカリマンタンと南から西側に伸びるスマトラの広範囲にわたる地域です。点のような島国のシンガポールは広大な両地域から流れてくる大量の煙にすっぽりと包まれ、たまったもんではありません。同様の影響はマレーシアも受けていますし、風野向きや強さによってはタイやフィリピン、ベトナムにまで及んでいます。
もちろんインドネシア国内の火元周辺地域は想像を絶する劣悪な環境に置かれており、当該地域のインドネシア人自身が最大の被害者でもあります。ですが幸か不幸かジャワ島、なかんずく首都ジャカルタでは風向きの影響もありヘイズが届かず、中央の政治家や役人は肌身には感じていないのでしょう。違法な野焼きをしていている民間企業を200社くらいは把握しているようですが、例によって政治家や役人たちは賄賂を懐に入れて、のらりくらりの対応しかしていません。
毎年恒例の招かれざる出来事とはいえ、シンガポール住人の忍耐も今年は限界に達しています。私は14年以上シンガポールに住んでいますが、今年は最悪の年の一つ、いや恐らく最悪の年でしょう。2年前の2013年6月に汚染指数がかつてないほどの最高値に達したことがありますが(PSI:401)、今年のヘイズはPSI数値が高いばかりか、例年以上に長期化していることが、住民の不安感と苛立ちを募らせています。通常の年は1か月程度でおさまっていましたが、今年は既に2カ月間も続いているばかりか、現時点での予測では更に長期化する可能性が高まっています。
外国人住民の中には母親と子供が長期にわたり一時帰国するケースも増加しているようです。学校に通う子供がいるとそうも簡単にはいきませんが、命・健康より大事なものはありませんから、一時的に教育を犠牲にしてでも避難しようと真剣に考える親がいるのは当然のことです。
ある意味、子供たちが一番可哀そうです。老人と共に健康被害を最も受けやすいということの他に、屋外で遊んだりスポーツしたりすることを四六時中制限され、ストレスが溜まった状態が続いているからです。
ヘイズが健康に与える被害は甚大なもので、呼吸器疾患や心臓疾患などの患者が急増しています。空気全体がタバコの煙のようなものですから、後年になって癌などを発症するリスクが高まることも懸念されています。
しかし健康被害だけではありません。ビジネスも大きな損害を被っています。シンガポールは東南アジアの大都市の中で最も空気がきれいで、屋外での食事やアクティビティが盛んですが、ヘイズのために客が激減しているのです。観光客も、既に予約してこの時期に来星している人たちには気の毒ですが、観光産業への打撃は相当なものになりつつあると危惧されています。こうした業界に関わっている日本企業の間でも、直接・間接的に負の影響が出始めているようです。
もう10年以上も続いているヘイズですが、年を追って改善するどころか悪化している現実の中で、これはビジネス上の大きなリスクとして捉えるべきだと考えます。根本的な解決策が見出せず、見出せたとしても断固としたアクションを期待できないこれまた現実の中で、来年以降の見通しも、まさにhazy(ヘイズィー)と言わざるをえません。
矢野 暁(サムヤノ)
Satoru Yano