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2015.11.24
矢野 暁
今年4月末にタイの暫定政権が導入した国際地域統括本部(IHQ)の新優遇制度は、かなり画期的でした。政府が同制度の詳細を6月末に公表してからは、在星日系企業の方々との会話の中でも話題となっていますし、既に相当数の在泰外資企業が申請を出しているようです。
東南アジアにおける地域統括と言えば、今までシンガポールが圧倒的な優位性を維持してきたわけですが、タイの新制度がどのくらい画期的なのか、まずは下の比較表をご覧下さい。
まず、優遇を受ける対象企業が大幅に緩和されました。従来は統括拠点が優遇対象となるためには、国外からの収入が5割以上必要でしたが、タイでこの条件を満たす外資企業は少ないのが実情です。そのため、景気浮揚策に取り組む軍事政権は、これを撤廃するという思い切った策に打って出ました。しかも統括対象の拠点数を、従前の「3カ国以上」から「最低でも国外1カ国」へと削減したのです。例えば隣国ミャンマーなどの国外1カ国にサービスを提供する拠点があれば、申請要件を満たすわけです。他方、シンガポールでは(そしてマレーシアでも)、優遇措置を受けるためには3カ国以上の国外拠点を統括することが必要条件です。
また、税制面でのインセンティブ拡充も際立っています。大まかに言いますと、法人税率10%(しかも従来は国外からの収入も合算していましたが新制度では免税扱い)、統括拠点の外国人員の所得税率15%、優遇期間15年と、全ての面においてシンガポールよりも競争優位に立っています。
ASEANの経済統合を目前に控え、域内主要国間での競争がし烈化してきたことを象徴する出来事であり、シンガポール政府も表面的には平静を装いながらも内心穏やかではないようです。
もちろん、政治的に不安定であるタイにおいて、こうした政策が約束通り実行されるのか、継続的に維持されるのか、というような不安はあります。ある意味、タイの経済が行き詰まりつつあり、言わば「デスパレート」な状況に陥っていることが、こうした少々無謀な策に走らせたのでしょう。この政策が思惑通り展開していかない場合、結果的に税収減となる懸念もあり、シンガポールのように腰の据わった長期的制度として根付くのか、まだ懐疑的な面を拭い切れません。
確かに表面的な諸条件だけを比較するとタイの新制度は大変魅力的に見えますが、タイのカントリーリスクや様々な事業環境も考慮し総合的見地から判断すると、シンガポールの優位性は引き続き揺るぎないことに変わりはないのかもしれません。むしろ、タイがこうした少々ドラスチックな政策を打ち出してくれたことで、ASEAN域内各国間での競争状況が生まれ、シンガポール政府も、より魅力的な投資・ビジネス環境を真剣に検討してくれている可能性はあります。また、必ずしもタイかシンガポールの二者択一という見方は正しくはなく、両方の国に異なる目的・機能の統括拠点を持つことも十分にあり得ます。各社の事業展開に応じて、各国がオファーするインセンティブを上手い具合に使わない手はありません。是非、皆さんも色々と研究をしてみて下さい。
矢野 暁(サムヤノ)
Satoru Yano