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2016.10.31
矢野 暁
とは言っても、シンガポールにいると「あ~、芸術の秋だなあ」などという気分にはなりませんよね。あまり季節感のない東南アジアはどこも同様で、辛うじてハノイなどベトナム北部が東アジア的な季節の変化を共有しているにすぎません。
シンガポールでは建国後の長期にわたり、芸術的なものはどちらかというと軽んじられてきました。国家の経済発展のためには、まずは「実利的な」ことに集中投資し、音楽・演劇・美術・文学などの分野は「何も生産しない」ゆえに、学校教育もお粗末だったと言わざるを得ません。大部分の親も「そんなことに時間をかけるのは無駄」と切り捨てていたようです。そうした環境の中でも芸術を嗜む人たちはいたのですが、やはり層の厚みや芸術性の深みといったものは、なかなか育まれませんでした。
しかし経済が発展し先進国としての豊かさや「余裕」のようなものが出てきたことにより、この10~15年くらいでしょうか、シンガポールの政府や国民も芸術に目を向けるようになっています。個人的な印象としては、箱物など形から入って、まだ魂が十分籠っていない、ややぎこちない感じもしますが、芸術は一般的な知識とは異なり時間をかけて育む、熟成させていくものですので、ゆっくりであっても浸透してきていることが大事だと思います。
シンガポール在住者のみならず、出張・旅行者の方々にも是非とも訪ねて頂きたいシアターやコンサートホールが3カ所あります。古い順に紹介しますと、一つ目が歴史のある「ヴィクトリア・シアター&コンサートホール」。1850年代より建設が始まり、何度もの増築・改修を経て、最近では2010~14年の長期間にわたり日本の佐藤工業の施工により抜本的な改築を行い、リオープンしたところです。余談ですが、私はその工事の様子を毎日の通勤時に見ていましたので、日本のコントラクターの技術力の高さを誇らしげに感じていました。美しい外壁を残しつつ躯体を建て直すこの工事は高く評価され、シンガポール都市再開発庁は佐藤工業にArchitectural Heritage Award 2015を授与しています。ヴィクトリア・コンサートホールはシンガポール交響楽団(Singapore Symphony Orchestra: SSO)の本拠地にもなっており、国内外の音楽家による素晴らしいコンサートが頻繁に開催されています。
次にエスプラネード・シアターズ、通称「ドリアン」と呼ばれている総合芸術文化施設です。私がベトナムからシンガポールに移り住んだ一年後の2002年にオープンし、世界中からの音楽や演劇などのイベントを呼び込んでいる大型施設。高額チケットのイベントだけでなく、民族音楽やジャズなどのフリーコンサートも頻繁に催されており、市民の憩いの場となっています。
3つ目はマリーナベイサンズ内にあるマスターカード・シアターズで、2つの劇場から構成されています。ブロードウェイ・ミュージカルをはじめ、世界の一流パフォーマンスを楽しむことができます。チケットのお値段は高いですが、「これだけは一生のうち一度は観ておきたい!」と思うような公演がある時に、奮発する価値は十分にあります。
実はこの3施設、どれもマリーナ地区に立つマーライオンの目と鼻の先、歩行距離圏内に立地しています。
ビジネスで成功するためには四六時中ビジネスだけに没頭せず、時には芸術に触れて感性を磨くことも大事。ゴルフもよいですが、たまに友人や家族と、あるいは一人で劇場やシアターに足を運ぶ習慣をつけると、生活に潤いが生まれ充実感が増すことと思います。シンガポールはもはやビジネスだけの街ではなく、世界一流のアート&パフォーマンスを堪能できる街へと変身しています。是非とも自らお試しください!
矢野 暁(サムヤノ)
Satoru Yano