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2016.12.12
矢野 暁
2008年9月のリーマンショックからの回復を始めた2009~10年頃から、特に日本・欧米の企業と人のシンガポールへの流入が勢いづいていたと思います。統計的な数値は別として、最近、全般的にはその勢いに陰りが出ているように感じています。そう感じている身近な状況について、日本・欧米の企業・人に着目しつつ8つ挙げてみます。
① 今でもシンガポール進出への関心は高いものの、一頃の「ブーム」という程ではない
② オフィス撤退(域内他国への移転を含む)や事業規模縮小の企業が目につく
③ シンガポールや域内での事業から思い通りの収益が上がらない
④ 長く在星していた知り合いの欧米人たちがシンガポールを去り始めている、或いは去ることを選択肢として検討し始めている
⑤ 規制強化により富裕層にとってのメリットが減少している、富裕層のシンガポールへの移住の勢いも減退している
⑥ シンガポールの政策が外国人に対して以前より厳しくなっている
⑦ シンガポール経済の成長を牽引しそうな戦略的産業の影が薄くなっている
特に日本企業にありがちな、勢いやブームに乗ってシンガポール進出、というのは最早ないと言えるでしょう。これから進出しようと考えている企業(経営者)にとっては、むしろ今のように少々クールダウンした状況の方が、判断には好都合とも前向きに捉えることもできます。
すなわち、この5~6年の間に様々な業種・規模の多くの企業が進出してきた分、具体的な失敗事例もゴロゴロところがっているわけで、プラスとマイナスの要素を十二分に調査・検討した上で、より長期的・戦略的な経営の決断を下すことが出来る筈です。
私自身も日本企業を含め欧米・アジア企業の経営者にアドバイスすることを生業(なりわい)としていますが、各国にいるコンサルタントの中には、その国をむやみに「美化」する傾向を持つ人たちも少なくありません。良い面はもちろん沢山ある筈ですし、その国を愛すればこそ「プロモーター」として一所懸命に旗を振るのは分かりますが、これから進出する企業や人にとっては、そうしたコンサルタントの思い入れとは異なる次元で冷静な比較・検討が必要となります。
既にシンガポールに進出している企業はどうすればよいのか? 実はこの3~4年程度の間、静かにオフィスをたたんでいる会社も少なくありません。また、完全に撤退しないまでも、オフィスの規模を縮小したり、人員をバンコクやクアラルンプールに移転したりしているケースも相当見られます。
景気があまり芳しくない割には、事業コスト・生活コストは下がっていません。現状、アパートやオフィスの賃料は下降気味ですが、毎日の食費などは「クレージー」と言わんばかりの高値のままです。フードコートで食べない限り(日本の大都市における平均以下の質と量の)、普通のランチで千円以上は当たり前、大した日本食屋でなくてもランチセットが1,500~2,000円といった感じです。
日本人を含む外国人就業者のビザ(EP)取得のための賃金は、むしろ上昇しているくらいです。2017年1月からは、EP取得のための最低賃金が現行の3,300シンドルから3,600シンドルに上昇します。経過措置はありますが、国籍に関係なく外国人を雇用したい場合、大学新卒者に対して29万円前後の基本給が求められることになります。詳しくは、人財省(MOM)のウェブサイトをご確認下さい。
・http://www.mom.gov.sg/newsroom/press-releases/2016/0726-update-to-ep-salary-criteria
・http://www.mom.gov.sg/passes-and-permits/employment-pass/eligibility
シンガポールは賢い国ですし、蓄えてきた資金も潤沢にあります。小国ゆえに生存・成長のためには必死に知恵を絞り、変化する国内外の状況に素早く対応する術を身に付けています。
建国50年を経た節目にある今は大変革のプロセスにある時期で、世界の外部環境もシンガポールにとっては決して好都合ではありません。シンガポールが主導したTPPもトランプ旋風に吹き飛ばされそうです。それでも、この小島は必死に嵐や雷雨をこらえ、真っ青な空に虹がかかる日を信じて、走り続けるものと信じています。それを一緒に信じることができて、且つこうした国に拠点を持ち続ける戦略的意義を明確に見出せる企業は、縮小することはあっても、やはり留まるべきなのだと考えます。
矢野 暁(サムヤノ)
Satoru Yano